最悪 (講談社文庫) (2002/09) 奥田 英朗 商品詳細を見る |
不況にあえぐ鉄工所社長の川谷は、近隣との軋轢や、取引先の無理な頼みに頭を抱えていた。銀行員のみどりは、家庭の問題やセクハラに悩んでいた。和也は、トルエンを巡ってヤクザに弱みを握られた。無縁だった三人の人生が交差した時、運命は加速度をつけて転がり始める。(「BOOK」データベースより)
登場人物に、悪人はいないんですよ。
たとえばみどりの章で出てくるセクハラ上司とか、セクハラの事実を利用して競争相手を蹴落とそうとする派閥のトップとか、「嫌なやつだなー」と思うことはあっても、「大悪人」というのではない。あえて言うなら和也を追い込むやくざは割と悪人かな。でも先に付け入る隙を作っちゃったのは和也だし。
普通に、日常生活を送ってて、ほんの少し躓いて、それを何とか取り返そうとしたら事態はさらに悪い方向に向かっちゃって、どんどん加速度が増していって、そんな人たちが出会ってしまったらそりゃもう悪いほうにしか行きませんぜ、みたいな話です。
最初の方はスピード感もそれほどじゃないんですが、後半どんどん勢いが付いていきます。何でそっちを選ぶわけ? と腹立たしくなりつつも、いったいこの先どうなるの?と気になって気になって、一気に読み進む感じ。
ワイドショウ的な下世話な興味、というか・・・まあ、他人事で作り事だから笑えるんだよね。
そしてラスト、決してハッピーエンドじゃないのだけれど、あまり苦くない読後感。
事件の落としどころは「最悪」ではありません。
(80点! 再読なのに楽しめました)
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聖母(マドンナ)の深き淵 (角川文庫) (1998/03) 柴田 よしき 商品詳細を見る |
一児の母となった村上緑子は下町の所轄署に異動になり、穏やかに刑事生活を続けていた。その彼女の前に、男の体と女の心を持つ美人が現れる。彼女は失踪した親友の捜索を緑子に頼むのだった。そんな時、緑子は四年前に起きた未解決の乳児誘拐事件の話をきく。そして、所轄の廃工場からは主婦の惨殺死体が…。保母失踪、乳児誘拐、主婦惨殺。互いに関連が見えない事件たち、だが、そこには恐るべき一つの真実が隠されていた…。(「BOOK」データベースより)
説明にもあるように、何が起こってるのか、人間関係がどこで交錯してるのか、よくわからないまま読み進むと、最後にすべてきっちりかみ合うタイプのミステリで、すごく良くできているのだけど、読む順番を間違えて先に「聖なる黒夜」を読んでしまったので・・・すごーく大事なはずの、この人とこの人がこうつながるのか! という驚きがなかったのです。ああ、もったいない事した。
この話を読んで、「女性」というものを強く意識した。実らない恋の為に破滅に向かって突き進む女性、子供を失って以来どこか箍が緩んでしまった女性、母であることを得て女であることを求められなくなったことに苦しむ女性。いろんな「女」が出てきて、あけすけに語られるもろもろの事情。なのに、嫌悪感を感じないのは作者の筆力か私がすれているだけか。
細かい描写に、「ああ、これは男には書けないなあ」とうならされた部分がいくつもありました。ごく初期の作品と軽視して読み逃していたことを反省しました、はい。
(80点)
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秋好英明事件 (文春文庫 し 17-6) (2007/06) 島田 荘司 商品詳細を見る |
昭和五十一年六月、福岡県飯塚市で起きた、一家四人殺害事件。内縁の妻の家族を殺めた容疑で逮捕された秋好英明は、冤罪を訴えるも、最高裁で死刑が確定し、現在、再審請求中である…。本格ミステリーの鬼才の筆は、英明が「犯罪」を犯すに至る過程を克明に描ききることで、日本人にとっての「昭和」の意味を読者に改めて問いかける。 (「BOOK」データベースより)
終戦とほぼ時を同じくして生まれた秋好の、半生を丁寧に追うことによって、犯罪にいたってしまった彼の心情を追った力作。
途中まではうまくいっていたはずの人生が、ほんの少しのかけ違いからどんどん悪いほうへ悪いほうへ転がっていく。このかけ違いが、実に「ありそう」なのである。(いや、実際にあったことなんだけど)
たとえば、海外転勤の打診が来て、父親に相談したところ、父親が勝手に断ってしまった・・・。今ではありえないことなのだけど、当時、今よりもっと「家」が重んじられていた時代には、ありえるだろう。その理由が「家族の面倒を見てもらわなくてはならないから」、というのが哀れ。
才覚はあるのに、時代の激流に押し流されて、職を転々とする秋好。学歴がない身としては破格の収入を得ながら、貯金にも家族への送金にも励む、一本気な性格だった彼。
しかし、ギャンブルが元で借金を重ね(このくだりは同情の余地はないと思うが)、結婚しようと思った女性の家族も「家」として彼女を食い物にしようとしていて、秋好はどんどん追い詰められていく。どんどん重く苦しい展開になっていく。
そして起こった殺人。
本作中では、秋好の主張しているとおり、秋好が殺害したのは一人(もしくは二人)、残りは結婚相手だった富江が手を下した、として書かれている。
実際問題、一人殺害、3人殺害の従犯(用語としてはこれでは間違っているかもしれないのだけれど)と、とられたとき、死刑適用になるのかならないのか、私にはよくわからない。なるかもしれない、とは思う。
しかし、問題なのは「真実が明らかにされないこと」であるように思う。
島田荘司や秋好があると主張している富江の罪が、明らかにされないことなのだと思う。
単純にミステリを読むような軽い気持ちで読むと、翻弄される重い話。
ほんの一世代前、こういう時代があったのだと、背負っているものの重さを感じさせられる。
(70点。 作品として楽しんだか ではなく 他人にお勧めできるか という基準で行くと、この点数になってしまうんだな)
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日暮らし 上 (2004/12/22) 宮部 みゆき 商品詳細を見る |
昼行灯な同心・井筒平四郎とその甥っ子の弓之助が懇意にしている岡っ引きの政五郎親分。彼の家の子の「おでこ」が、最近調子がおかしいらしい。お役目がてら原因を探りに行った平四郎だったが、そこに殺人事件が舞い込んで・・・。
上巻のほぼ半分が、前作「ぼんくら」と同じように市井の人々と事件を描いた連作短編で、主要登場人物の人となりとか、つながりとかが飲み込めるようになってます。この部分だけでも面白いのですが、いざ本編、となってからがまた、いい。
いろんな人の人生をかき回した「湊屋の葵」が殺され、第一発見者の佐吉が容疑者に。平四郎と弓之助は彼の容疑を晴らすべく、真犯人を探そうとするところから本編が始まって、それまでの短編で書かれてた人間関係を縒り合わせながら話が進んでいきます。
サイドストーリー的に書かれる、煮売り屋からお菜屋になったお徳の話や、葵に女中として使えていたお六の話なんかも、じわじわと利いてきます。
そしてやっぱり宮部みゆきのすごいところは、ただ「人を殺めた悪人」として書くのではなく、悪人は裁かれて死んでいい、として書くのではなく、生きていくための解決を探るところ。
これにて「湊屋」をめぐる葵の代からの因縁話に片がついたような感じです。
が、この平四郎と弓之助、おでこやお徳の話、もう少し読みたい気がします。
(88点)
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ぼんくら〈上〉 (講談社文庫) (2004/04) 宮部 みゆき 商品詳細を見る |
「殺し屋が来て、兄さんを殺してしまったんです」―江戸・深川の鉄瓶長屋で八百屋の太助が殺された。その後、評判の良かった差配人が姿を消し、三つの家族も次々と失踪してしまった。いったい、この長屋には何が起きているのか・・・。(「BOOK」データベースより)
この事件を探索する井筒平四郎という同心が主人公なんですが、これがいい味出してるんです。
「わからないことはわからないままにしておくほうが、幸せなこともあるんじゃないか」なんて、実に探索方に向かないことをつらっと言い放ち、それでいて憎まれない性格の持ち主。彼の養子に入る予定の、甥っ子の弓之助が子供ながらに頭が回る天才肌で、この組み合わせの妙というのも楽しめます。
さて、ストーリーのほうなんですが、最初は鉄瓶長屋を舞台に、いろんな家族が起こす事件の数々を描いた短編が並び、「連作短編集にしては二分冊で出すのはおかしいなあ」なんて思い始めた頃にすべての話がつながって大きい流れになるのがわかる形です。
もちろん前半の短編も、短いから小粒というわけではなくてしっかり読ませる話ではあるのですが、やっぱり長編に入ってからのほうが面白い。
どうやらこの長屋の住人がぽつぽつと立ち退いていくのは、誰かの思惑が後ろにあるようだ。地主の、湊屋が関係しているらしい。その思惑と、最初に起こって表向き解決したように見せかけられている殺人事件は関係があるのか? 新しく差配人になった佐吉は、湊屋の縁者らしいがこの思惑と関係しているのか? 平四郎が探さなきゃならない真実は、いったいどこにある?
重い部分を含んでいる話なんですが、それだけで終わらず、「それでも生きている市井の人々」の力強さが浮き出てくる感じなのも、いい。
ラスト直前、お徳が泣くシーンはお気に入りの場面です。
(90点)
そしてこれを読んだらぜひ「日暮らし」もお勧めします。こっちの感想は明日!
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