今日は「育児を考える」第二弾。読み方が違うかもしれないんで、普通に楽しみたい方はご注意ください。
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八日目の蝉 価格:¥ 1,680(税込) 発売日:2007-03 |
あらすじ書こうとするとどうしてもネタバレ注意!になっちゃう。
希和子は、不倫相手の家に、生まれたばかりの赤ん坊の顔を見に行った。衝動に突き動かされ、その子を誘拐してしまう。「逃げて、逃げて、逃げ続けたら、私はこの子の母親になれるのだろうか?」子供に薫と名づけ、慈しみながら育てる希和子。しかし、その生活には終わりの日がやってきて・・・。(第一章) 薫は、実母の手に戻り、恵理菜という名に戻る。それから二十年弱、大人になった彼女にとって、希和子と暮らした日々は何だったのか・・・。(第二章)
ちょっと世間の評判からずれてるのかもしれないけれど、私はこの本を、「虐待にあった少女の自己回復の物語」として読んだ。
冒頭。6ヶ月かそこいらの乳児を、一人でベビーベットに寝かせたままで外出? ストーブたきっぱなし? 玄関あいたまま? それもその日たまたまじゃなくて、日常的に? ありえないって。このままこの母が育てたとして、この子、本当に愛してもらえるの?
(しかし、生後5ヶ月の我が子の横でこの本を読み始めたときは、ちょっと苦い感じがした。話がずれるのでちょっとそれは置いとくけど)
第一章の逃亡生活ってのは、希和子が薫を大切にすればするほど、深い谷の上のつり橋を進むような、危うい感じになっていく。そりゃあそうだ、自分の子供じゃないんだもの。しかし、ここでの希和子の愛が深いほど、第二章で語られる実母の闇が深い。
一番可愛い時期を他人に育てられた。自分と違う言葉を話す。愛してる、でも憎い、自分からこの子を奪った希和子が憎い、希和子に「愛されてしまった」恵理菜が憎い。・・・解らないわけじゃない感情なだけに、この母親の身勝手さが身に迫る。「愛している、でも、愛し方が解らない」。今の時代の母親の何割かが、一度は抱いたことがあるだろう悩み。この母は、そこから逃げた。育児放棄といってもいいだろう。
結果、恵理菜は、心の中に空洞を抱えてる。さらわれたからではなくて、戻ってきた後、愛してもらえなかったから、だと私は思う。
でも。
大人になってしまったら、そこから自分を愛してあげて、大切にしてあげて、いつか自分も子を育んで、愛情をわけてあげて、・・・それは、みんな、自分でやらなきゃならないこと。
「ないものねだりはやめて、過去を恨むのはやめて、もっと今の自分を大切にしようよ」って話だと思って読み終えた。そこを際立たせるために、極端な状況にしたんだって。けど・・・どうもね、解釈がほかの人と違うらしいんだなあ。
そういうことは、実は結構あります。感情移入のしすぎが原因と思われます。つい、自分に引き寄せすぎちゃうんだなあ。
(75点)
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